研究ノートa8:足の問題−無拍子に動くために
テレフォンパンチと言う言葉があります。ボクシング用語で、モーションが大きく、対戦相手に読まれてしまうパンチを、「これからパンチを打ちます」と電話をしてからパンチを出すようなもの、と揶揄してそう呼ぶようです。もちろん、テレフォンパンチは簡単に避けられてしまうし、万が一当たったとしても大きなダメージは与えられません。
武術でも「気配を消す」などと、かなり小さなしかも微妙な「予備動作」を戒めています。
しかし、これらは動作の事前のことです。これから述べたいことは、動作が起こった直後に、どうしてもとってしまう拍子のことです。
例えば、次のように説明されています。
《人が歩くことを想像してみましょう。まず踵が接地し体重が前方に移り、拇指球が地面を蹴り、指先が直進性を保つ為地面をトレースします。地面を蹴って進む力を与えている最大の場所は、拇指球であることが伺えます。》
これは代表的なスポーツ系の文章ですが、武術でも大体同じです。
《武道では安定性があり、力が出しやすく、素早く動ける体遣いをしなければならない。押されても倒れない、重力と地からの抗力が出てくるような、そしていつでも進退が可能で、入身や転換ができる体勢、構えでなければならない。そのためには足の拇指球(拇指球)が重要な役割を果たす。
■踵←拇趾球 |
武術では「手は小指、足は親指」といわれ、足がしっかり地に付くには拇指球に力が載らなければならないし、(以下、略)》
当会ではこの拇趾球に体重が乗る動きを、どうしても人間がとってしまう拍子と考えています。
むろん日常生活においては、この動作のおかげで、倒れずに安定的に、そしてむしろそのことを意識せずに、あらゆる動きを可能にしています。引用のとおりです。
さきの引用にあるとおり、我々は、「踵で体重を受け、拇趾球上に体重を移動させ、次の足を踏み出している」のです。
あるモーションが許容される(例えば、野球のピッチャーなど)スポーツであれば、拇趾球上に体重を移動させる動作があった方がよいのかもしれませんが、当会が追求している武術では、無拍子かひと拍子で動くことが求められています。
当会は、「研究ノートa3:<足>の役割」で述べたように、「ふいに消える、という機能をもたせれば、技は飛躍的に進歩するということになります。」という技法を追求し、「研究ノートs6:〈浮き〉について2」でも、「拇指球の力も早い段階で抜いてゆきます」と述べているように、不安定であること、つまり居付いていない技法を求めています。
ただこの問題は古く、伝統的には「足下、薄氷を踏むが如し」という足使いで、解決されています。いわゆるベタ足で地面や床をそっと踏むことで、拇趾球が働かないようにしてきたと考えられます。
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■拇趾球が剣・拳にブレーキをかけている |
「薄氷の足」の問題としても拇趾球の制御のことをとらえることができます。しっかり力強く立つ、ということは拇趾球の働きによっています。
我々にとっての問題は、拇趾球の働きがあまりにも自然だということです。あまりにも当り前すぎて自覚しにくいのです。動くときの拇趾球の働きは見てきたとおりですが、今のべましたように、静止しているときも拇趾球は働いているのです。
たとえ脱力しても、立っていれば、倒れないということが拇趾球が働いている証左です。
つまり、ただ立っていても、踵で体重を受け、拇趾球で倒れないように止めている、という二つの働きを、静止している足はおこなっているのです。
逆に言えば、この拇趾球の働きを制御できれば、静止状態から動きの状態へ拍子をはずして移行できるということです。
動いているときはもとより静止しているときも働いているこの拇趾球(と、大腿四頭筋)の働きを自覚し、必要なときに外せるようにすれば、あらゆる動作の顕著な改善が見られます。
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